2012年4月5日木曜日


 この工場では、バガスと呼ばれるサトウキビのしぼりかすを燃やして熱と電気を得ていて、通常操業ではわずかながら余剰の電力も生み出している。サトウキビを運ぶトラックや農機、種まき用の飛行機までもが、エタノール燃料を使用している。「わが社は徹底的に効率性を追求しています」と工場長は話す。

 トウモロコシ由来のエタノールは、エネルギー収支が赤字すれすれだが、サトウキビでは「投入する化石燃料と得られるエタノールの比が1:8程度です」と、ブラジルのサトウキビ研究者イサイアス・マセドはいう。サトウキビ由来のエタノールの生産と消費の過程で排出されるCO2は、ガソリンよりも55〜90%少ないと推定されている。マセドは、「バガスを燃やす量を減らし、トラクターを省エネ運転すれば、エネルギー効率は1:12か13まで上げられます」という。

 もっとも、サトウキビにも問題はある。サン・マルチーニョのサトウキビはほぼすべて機械で収穫されているが、ブラジルの大半の地域では人の手で収穫される。高賃金とはいえ、暑さに耐えながらの過酷な仕事で、毎年過労で亡くなる労働者が出ているという。またヘビを退治し、サトウキビを刈りやすくするために、収穫前に畑に火を入れる慣行があり、そのときに上がる煤煙には、強力な温室効果ガスであるメタンと亜酸化窒素が含まれる。


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 ブラジルでは、今後10年でサトウキビの作付面積が2倍近く増える見込みで、森林伐採が進みかねない。また、サトウキビ畑の拡大で放牧地を追われた畜産農家が、アマゾンやセラードと呼ばれるブラジル中央部の生物多様性に富む草原地帯を切り開くかもしれない。「生産プロセスを考えると、アルコールは"クリーンなエネルギー"とはほど遠い。特に焼畑や労働者の酷使が問題です」と、サンパウロ州労働検察官マルセロ・ペドロソ・グーラーはいう。

食料供給への影響

 農作物を使ったバイオ燃料は、食料の供給を圧迫するという問題もある。国連は、バイオ燃料の潜在的なメリットは大きいとしながらも、1日に2万5000人も餓死しているなか、バイオ燃料ブームで作物の価格が上がれば、食料の安定供給が脅かされると警告している。21世紀半ばには、エネルギーと食料の需要は2倍以上にふくれあがる見込みだ。だが、温暖化が進み、今後数十年で農業生産性は現在よりも低くなると、多くの科学者が危惧している。

 食料の安定供給を脅かさずに、バイオ燃料のメリットを生かすには、食用以外の原料を用いるしかないだろう。これまではトウモロコシの実やサトウキビのしぼり汁がエタノールの主な原料となってきたが、植物の茎や葉、さらには木くずなど、通常は廃棄されるものからも、エタノールは作れるはずだ。


どのように成長を高めるために

 こうした原料の主成分であるセルロースは、糖の分子が鎖状に連なった丈夫な繊維で、植物の細胞壁を構成する。この分子の鎖をばらばらにして糖分を発酵させれば、食料供給を減らさずに大量のバイオ燃料が得られる。スイッチグラスなど、地下深くに根を張る多年生の牧草を原料にできれば、広大な牧草地がよみがえるだろう。牧草地には野生生物が生息し、土壌には炭素が蓄えられ、土壌の浸食を防げる上に、国産の燃料を十分に確保できる。これならいいこと尽くめだと、バイオ燃料推進派は夢を膨らませる。

 セルロース系エタノールの製造は理論上は単純だが、ガソリン並みにコストを抑えるのはそう簡単ではない。今のところ、米国でセルロース系のエタノールを生産しているのは数カ所の実証プラントに限られる。その中でも早くから実証試験に取り組んでいるのがコロラド州の国立再生可能エネルギー研究所だ。ここでは1トンのバイオマス(トウモロコシの茎、スイッチグラス、木材を細かく刻んだもの)から約1週間で265リットルのエタノールを生産できる。


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 こうした原料には、セルロースとヘミセルロース(セルロースとともに植物の細胞壁を構成する多糖類)のほかに、リグニンという高分子の物質が含まれる。リグニンはセルロースの分子同士を結びつけ、構造を強化する働きをもつ。そのおかげで、植物の茎や幹はたくましく成長できるのだ。このリグニンという結着剤があるために、バイオマスの分解が難しいことを、パルプ業者や製紙業者たちはよく知っている。「リグニンがあれば何でも作れるが、お金にだけはならないと昔から冗談で言われているほどです」と、エタノール計画の上級研究員アンディ・エイデンは言う。

 セルロースの分子をリグニンから解き放つために、あらかじめ熱と酸でバイオマスを処理することが多い。その後、先端技術で開発されたハイテク酵素を加えて、セルロースを糖に分解する。こうしてできた焦げ茶色で甘い香りがする水飴状のものを発酵タンクに入れると、細菌や酵母の働きでアルコールに転換される。

 現在の工程でアルコールに転換できるのは、バイオマスに含まれるエネルギーの45%程度。原油から石油を精製する場合の85%と比べれば、著しく効率が悪い。セルロース系エタノールがガソリンと競合するにはエネルギー効率を改善する必要があり、セルロースを効率的に糖化する酵素の研究が進められている。一例として、シロアリの消化器からセルロースを分解する作用をもった酵素や細菌などを取り出し、その遺伝子を組み換えて利用する方法が検討されている。


 技術的にはさまざまな課題が残るが、セルロース系エタノールには大きな期待がかかっている。茎や葉も完全に利用できれば、同じ量のトウモロコシから2倍のエタノールが生産できるし、スイッチグラスでは作付面積当たりのエタノール生産量がサトウキビとほぼ同等になるとみられている。

 環境に影響を与えずにエネルギー問題を解決できる"夢の原料"はないと、バイオ燃料の研究者は口をそろえる。そうした中で、最も希望がもてそうなのは、池や沼に自生する単細胞の藻類だという。太陽光とCO2があれば、排水や海水の中でも育つからだ。藻類を原料とするバイオ燃料の事業化に取り組んでいるベンチャー企業もある。米国マサチューセッツ州ケンブリッジのグリーンフューエル・テクノロジーズ社は、いわばこの分野のトップランナーだ。同社は、発電所から排出されるCO2を回収し、藻類に吸収させるシステムを開発した。

 藻類は温暖化ガスの排出を減らすだけでなく、他の汚染物質も分解する。でんぷんをつくる藻類からは、エタノールを生産できる。また、小さな油滴をつくる藻類の場合、精製してバイオディーゼル燃料やジェット燃料を得られる。そして藻類の大きな利点は、条件がよければ、ものの数時間で倍増することだ。



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